スメタナ 「我が祖国」全曲演奏会 (O.レナルト指揮 プラハ放送交響楽団)
1968年の夏に鉄の力で「プラハの春」は蹂躙され、短い春は暗く閉ざされてしまったものの、「プラハの春」音楽祭はその後も開催され続けられていたという皮肉。いや、これはボヘミアの人たちは春の訪れをじっと待ち続けるという意思表示だったのでしょう。音楽祭の初日、何の意味もなく、スメタナの「我が祖国」が毎年演奏されていた訳はないでしょうから。
軍靴で押し踏みにじられた「プラハの春」から32年後、1989年のビロード革命を経た翌年の「プラハの春」音楽祭。初日恒例のスメタナの「我が祖国」の指揮台に、永らくチェコを離れていたR.クーベリックが立ち、15世紀のフス教徒達が歌った「汝ら、神とその法の勇士達」のメロディが黄金のスメタナホールの隅々までに染み渡る様は、遠く離れた日本で小さなブラウン管とスピーカー越しに見聴きしていた僕にも、ある種の感慨をもたらしてくれました。音楽は秩序を与えられ空気の振動にとどまらない意味を持つこと、それは音楽として存在するものにとって、力なのか、幸福なのか、あるいは不幸なのか。
オーケストラの演奏会でもヴィシフラト、モルダウ、ボヘミアの森と草原よりといった曲は単独で演奏される事はあっても、全曲となるとその機会はぐっと少なく、「我が祖国」の全曲演奏に接する事は半ば諦めていました。それが、まさか地元のホールで聴かれるとは! 演奏会の告知の直後にプレイガイドに走り、2階席、やや右寄りの中央、最前列を確保。オーケストラを俯瞰し、オーケストラとホールの響きを味わうための最善の席の一つのはずです。
少し大きめの14型といった編成、ホルンにアシスタントが1人いただけで、トランペットは2本のまま。
トランペットの柔らかく、明るく透明感のある音色は素敵でした。重ねなしの2本で終曲のブラニークまで、多いに活躍。
トロンボーンも弱音から強音までハーモニーは崩れず、素晴らしい音を堪能させていただきました。
ソロでもビブラートがかからないホルン。約25年前に聴いたチェコフィルのホルンは遠い世界です。
昔のチェコのオーケストラは独特の音色でしたが、このプラハ放送交響楽団は至って「普通」の優秀なオーケストラでした。オーケストラの地域性が薄れていく傾向はチェコにも及んでいるのか、それとも元々こうしたオーケストラだったのか。
ことさらに聴衆の高揚を煽るような安易な演奏に走らないのは、レナルト氏とオーケストラメンバーの矜持がそうさせるのでしょうか。自分たちが確信した音楽を実直に、丁寧に音にしていく姿に接し、深い所から、静かに心を揺り動かされました。
こうした貴重な機会を我々に提供してくださった西京教育文化振興財団の皆様に、改めて感謝申し上げたいと思います。来年の西京コンサート、楽しみにしています。
(2013年6月22日 周南市文化会館)
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