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2012年5月24日 (木)

オットー・クレンペラー (ヴァイスヴァイラー著 明石政紀訳)

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ようやく、読了。

オットー・クレンペラーに関する書籍としては、本格的なものはヘイワースのものが有名ですが、他にはクレンペラーの書簡や発言を編んだものぐらい。その名声に比べたら、書籍として著されたものが驚くほど少ないクレンペラー。本書は、ドイツ語で書かれた初めてのクレンペラーの評伝だとか。

書簡(クレンペラーが書いたもの、クレンペラーに宛てられたもの)、新聞等の演奏評、同僚を含む周囲の資料等の一次資料に丹念にあたり、1910年代後半から1933年にかけて活躍したクレンペラーの像を、冷静に、淡々と、丹念にノミをふるい、巨大な石塊から掘り出していきます。掘り出された像は、多面的で決して美しいだけのものではなく、言動に矛盾を孕んだクレンペラーの姿。指揮者だけではなく、作曲家としての一面も垣間見られ興味深いものの、現在も曲の存在自体がほぼ無視されている理由が気になります。

録音に残されたクレンペラーの演奏は、EMIを中心として彼の最晩年のものがほとんど。クレンペラーがケルンやベルリンで活躍していた若い時代(1910年代後半から1930年代前半)の録音は、録音技術の限界もあり、ほとんど残っていません。しかし、本書で明らかにされた当時のクレンペラーの演奏評の言葉には、EMI時代の録音に聴かれる彼の演奏の特徴と重なるものも。1920年代から30年代にかけて、フルトヴェングラー、ヴァルター、エーリッヒ・クライバーといった大指揮者が棒を振るベルリンで、クレンペラーがどういった演奏を行っていたのか、我が家のCDを通じて思いを馳せ、また改めて本書を読みなおしてみたいと思います。数年後にはフルトヴェングラー一人を残して、先に挙げた指揮者はヨーロッパを去ってしまったという事実の苦みも、頭の片隅にひっかけて。



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