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2012年2月28日 (火)

小澤征爾さんと、音楽について話をする (村上春樹×小澤征爾)

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12月に買い、一気に読み終えた本書。
読み終えてから随分と時間が経ってしまいましたが、読書記録としてアップ。

対談の中に出てきたベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番の演奏の中で、持っているのは内田光子さんとザンデルリンクのものだけ。
ゼルキンや他の演奏も気になりますが、聴きたいCDは他にも多数ありますので、今は我慢、我慢。
CDの聴き比べ、バーンスタインのアシスタント時代の話、マーラー受容史の話、若手音楽家育成プログラムの話など、興味深い話はつきません。


村上氏は小澤氏との対話の中でお互いに話がかみ合わない部分を明らかにすることで、小澤氏から音楽理解の方法についての証言を得ます。
(下記の引用部では、マーラーの交響曲第1番、第3楽章について話をしています。)


村上「やっている方はあまり意味とか、必然性とかを考えちゃいけないということなんですか? ただ楽譜に書かれているものを懸命にこなしていく?」

小澤「うーん、そうだなあ…… あのね、こういう風に考えたらどうですか。最初すごく重い葬送のマーチがあって、それから下品な民謡みたいのが出てきて、それからパストラルの音楽になります。美しい田舎の音楽ですね。それからまた劇的に転換して、深刻な葬送のマーチに戻ります」

村上「そういう筋をつけて考えるといい、ということですか?」

小澤「うーん、ただそのまま受け入れる、というか」

村上「物語みたいにして音楽を考えていくというのではなく、ただ総体としてそのままぽんと受け入れるということですか?」

小澤「(しばらく黙考する)あのね、あなたとこういうことを話していて、それでだんだんわかってきたんだけど、僕ってあまりそういう風にものを考えることがないんだね。僕はね、音楽を勉強するときには、楽譜に相当深く集中します。だからそのぶん、というか、ほかのことってあまり考えないんだ。音楽そのもののことしか考えない。自分と音楽とのあいだにあるものだけを頼るというか……」

村上「音楽の中に、あるいはその部分部分に意味を求めるのではなく、ただ純粋に音楽を音楽として受け入れる、ということですか?」

小澤「そうなんです。だからね、人に説明することがとってもむずかしい。自分なりにその音楽の中にすっぽり入っちゃう、みたいなところがあります」

他にも、小澤氏から言葉を引き出すために、わざと質問をぶつけているんだろうなぁという場面も、いくつか。
さすが、村上氏。

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コメント

言葉には置き換えにくい感覚というものがあるのでしょうね。
若しくは近い表現はあっても完全に一致しないと自分の言葉としては
認めたくないのか。

>七転八倒 さん
はじめまして、ですよね?
もし、以前にコメントいただいていたら、スミマセン・・・。

自らが感じ取ったものを言葉にしようとすればするほど、自分の感覚から遠ざかることもあるでしょうね。
言語化した瞬間に音楽から離れてしまうような、微妙なところもあるように思いますし・・・。

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